何故かこの季節になると放浪癖というか、何処か行きたい病というか、とにかくウズウズする私。
映画に行くつもりで取った休みなのに、いつの間にか気分がドライブモード。
そんな訳で、甲斐の国へ!
目的は 「武田神社」 と 「甲府城址」 で名城100選のスタンプをGETする事と、「甲斐善光寺」 で 「鳴き竜」 の声を聞く事。
「ちりとてちん」を観て9時頃出発し、今回は高速へ乗らずに甲州街道をひたすら走らせて行きました。
下の道をノコノコ走る方が性に合っているようで、運転しているだけでもやたらに楽しかったっす♪
「武田神社」 でスタンプを貰う為に駐車場に車を停めて降りたところで、変な爺ちゃんに捉まりました。
自転車に跨ったまま、「宇宙から観た地球の美しさをあんたは知っているか?」 「宇宙飛行士の秋山さんは人生観が変わった」 などなど、怪しげな宗教っぽい事を語りだす爺ちゃん…v
いや、私は秋山さんが宇宙飛行士だとは認めてないし…などと反論したところで無駄だしw
「そういうお話は要りませんから」 と断ってその場を逃げました。
無事にスタンプをGETし、スタンプを管理している宝物館の人に 「全国で3人位、スタンプを集め終わった人がいる」 と聞きました。
北海道から沖縄まで100箇所だよ?!
すごっ…v
次に 「甲府城」 でスタンプをGET。
観光ボランティアの小父さんが 「甲府城っていっても、何があるわけじゃないし、せいぜい天守台から観る景色が良いってくらいだよ」 と、元も子もない事を言ってくる。
観光ボランティアが言うなよ、そういう事を…w
まぁ、私も 「甲府城」 の知識は 「幕末に近藤勇率いる『甲陽鎮撫隊』が間に合わなかったお城」 ってくらいしか無いけれどさぁ。
案内板を見ていたら、他の観光ボランティアの小父さんが手に持ったファイルを片手にキチンと説明をしてくれました。
今あるのは新しく復元した門や石垣、櫓だけれど、築城した人物や時代背景から推測すると、こういう天守閣だったのでは?という図や、当時の地図に現在の街の図を重ねた手作りの比較地図などを用いて、とても親切。
「甲府城の築城は1600年で…」との説明に、思わず「関ヶ原の戦いの年ですよね?」と言ったのをきっかけにいきなり歴史話が盛り上がって…いつの間にか幕末話へ。(笑)
私のスタンプ帳を見た小父さんが言った 「私も会津へは3回行った」 という言葉から 「佐幕派の同志」 であることが発覚!(爆)
小父さん曰く、
「五稜郭へ行き、土方歳三のお墓にお参りした」
「会津藩が移った青森の斗南に行った」
「日野の土方歳三の法要に参加した」
「京都へ行って、壬生、池田屋、油小路、黒谷、寺田屋…を回った」
「一応、萩にも行った」
「薩長が外国に目を向けたというけれど、当時の日本で一番外国に目を向けていた人物は幕府の榎本武揚だ」
「薩長がとった行動は、私の武士道から外れている」
小父さんステキ過ぎです!!!
平日に観光ボランティアをやっているってことは、定年退職後な年齢だよなぁ…カッコイイ!
「お茶でも如何ですか?」と逆ナンパすりゃ良かったよ。(爆)
お名前を聞きそびれたのがとても残念です。
後ろ髪を引かれる思いで小父さんと別れ、駅ビルで、ほうとうと釜飯の「風林火山セット」を食べて 「甲斐善光寺」 へ。
「甲斐善光寺」 には日本で一番大きいという「鳴き竜」があるとテレビで観て、ぜひとも拝聴せねば、と。
規模が大きい所為か 「ビ〜ン」 と低い音が響いて、とても神秘的でした。
暗闇の中を歩いて行って鍵に触れて帰ってくる 「御階段めぐり」 もやって来ました。
長野にある本家本元の善光寺でも、小学生の頃社会見学で「御階段めぐり」をやりましたが、団体でやった為、全然平気だったのですが、それに比べてかなり規模が小さいはずの甲斐善光寺の御階段めぐり…むちゃくちゃ恐かったです。
1人きりで、本当に真っ暗闇ですよ?
「左壁に沿って9段下がって右に2回曲がった辺りの腰の高さに鍵がある」 と説明文があったけれど、どの位の距離かも解らないし、誰か人が居たとしても音を立てなければ全く解らない暗闇ですよ?
いきなり床に穴が開いていたって解らないし…。
「ルーモス」の魔法がマジに欲しいと思いました。
でも、逆に光が灯ったら、もっと恐いものが見えそうな気もしたり…とか考え出したら、鍵を触って一目散に戻ってきました。(小心者v
帰りは高速でさっくりと戻り、約210キロのドライブ終了。
収穫の多いドライブでございました。
書いた日:2008.01.19.
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何だか突然雪景色を見たくなりまして、上田方面へ車を走らせました。
昨日、地元でも雪が降ったのですが、あっという間に融けてしまったので…。
しかし、雪景色が見たいだなんて信濃の国の住人としてどうだろう?
年々雪が少なくなっていて、生活するには楽だけど、何処か寂しいです。
本格的な雪景色を見るには白馬方面に行くべきなのですが、そうなるとスキー客で混んでいるだろうし、さすがに本格的過ぎる雪は運転が大変なので、薄っすらと雪景色が見られる上田方面へ向かい、『生島足島神社』 『上田城(真田神社)』 でそれぞれ御朱印を頂き、更に日本の名城100選のスタンプもGET。
時間があったので、そのまま松代に向かい 『松代城(海津城)』 でもスタンプをGETし、『象山神社』 で御朱印を頂きました。
元旦の 『諏訪大社』 初詣から始まって、 今年も日本史三昧になりそうな気がしております。
信玄・謙信・撮影、3人必要だな…v
本日の収穫の一部♪
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本日、無事に帰宅いたしました。
兄夫妻にお土産の焼酎を届けたら、旅行の行程に呆れられました…
さすがに疲れて眠い…。
眠いけれど 『その時歴史が動いた』 が、高杉晋作と騎兵隊らしいので観なければ!
そんなわけで、旅行期間中の日記&拍手レスは後日。
さ〜て、明日は仕事だぁ〜v
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↓後日追記↓
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今回の旅行最終日。
明日は仕事。
今日中には家に帰らなければ!
そのまま帰路につこうか迷ったけれど、結局ホテルを出て 「新発田城址」 へ。
そう、目的はスタンプ。(笑)
会津藩贔屓な私にとって、新発田と言えば、裏切り者。
新発田藩にしてみれば、悩みに悩んだ末の、生き残りを懸けた行動だったと言うのも解るんだけれど、裏切り者…。
9時半開門のところ、9時には到着。
駐車場が解らず、門近くの車2台分くらいのスペースに停めて、周りを掃除していたお爺さんに尋ねてみると 「そこに停めておいて、何か言われたら「悪い悪い、今退かすで」って言えば大丈夫」 と言われる。
でも、少し離れた場所に駐車場があり、お堀沿いに歩いて来られるとの事なので、お礼を行って正規の駐車場へ。
お堀沿いに写真を撮りながら戻ってくると、先程のお爺さんに話しかけられる。
1人で車で来たことを告げると、たいていの人は驚くか呆れるか…まぁ、そうだろうなぁv
そのお爺さんが、お城談義を身振りと地面に図解付きでしてくれました。
お堀が濁っている理由、城下町に十字路が無い理由、お寺が多い理由、お堀に掛かっていた橋が当時は木造だった理由…実は私も知っていたけれど、語り口調が見事で思わず聞き入ってしまいました。
一通り話し終えて、時計を見たお爺さんの 「はい、開門時間になりました」 という一言がこれまた粋でございました。
復元された3層の楼閣は、何と自衛隊の所有地内にある為一般公開していないそうな。
そんなわけで、スタンプを貰った後、復元された2層の塔と門の2階部分、移築された2層の塔を見学し、先程のお爺さんにお礼を言って、高速に乗って帰路に着きました。
午後3時頃に無事帰宅。
長いようであっという間の4泊6日の放浪はこれにて終了。
ちなみに、車の走行距離は1,341キロでございました。
自分用おみや(の一部v)
帰ってから気がついたんだけれど…
六連銭ステッカーを貼った車で会津若松に行ったり、リアガラスに孫子の旗を付けたままで越後を走ったり…もしかして、私ってケンカ売ってた!?
2007.11.1.追記
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さすがに4日目となると疲労気味…v
ホテルを出て 「大龍寺」 へ行き、地元の殿 「小笠原長時」 の御墓参り。
大河ドラマ「風林火山」では、思いっきりへタレでしたが、本来は牡丹の花を愛でる雅な殿だし、武術(弓?)も達者だったと聞いた記憶が。
地酒でも持って来てあげれば良かったと、チョッピリ後悔。
長時のお墓の後ろ側にある、「林権兵衛」のお墓にもお参り。
昨年場所が解らなかった 「佐川官兵衛顕彰碑」 が鶴ヶ城の三ノ丸にある事をその後突き止めてあったので、行って写真に収める。
同じく三の丸にある 「県立博物館」 を昨年企画展しか見ていなかったので常設展を見て、会津若松を後に、越後街道をJR只見線に沿ってひたすら只見にある 「河井継之助記念館」 へと向かう。
いやぁ、ちょっと甘く考えていました。
延々と只見線と只見川に沿いながら…docomoが圏外になる山奥。
冬季は休館するという理由がひたすら頷ける場所でした。
「河井継之助記念館」 の駐車場にて20分ほど仮眠をとっていたら、いきなりすぐ近くで汽笛が聞こえ、飛び起きたら目の前をSLが通過。
慌ててカメラを構えたけれど、かなり遠くの後姿になってしまいました。
その後、来た道をひたすら戻り、会津坂下から高速に乗って新潟市へ。
新潟駅裏のビジネスホテルに一泊。
2007.11.1.記
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一般道を 「白河小峰城址」 へGO!
復元されたばかりのお城というか塔自体には正直あまり興味が…v
その辺りは、地元のお城の天守閣が復元ではないというのが原因なのでしょう。
小峰城は復元に使った木が戊辰戦争の戦場となった場所から伐採されてきたそうで、打ち込まれた弾痕がそのまま材木にある状態で使われているため、復元なのに弾痕がいくつもありました。
今回の旅の目的の1つに 「日本名城100」 のスタンプ集めがあり、小峰城も100城の中の1つなのでスタンプを貰いました。
地元周辺や金沢城へ行った時にはスタンプ帳を持っていなかったので、会津若松城と小峰城で2つ目でした。
その後、高速に乗って 「二本松」 へ。
「二本松城址」 では、日本最大級という菊人形祭が行なわれていて賑わっていました。
幕末や二本松少年隊という悲劇を想い描いてやってきた私にはかなり拍子抜け…v
しかも、今年の菊人形のテーマが「風林火山」って…v
どんだけ〜? orz
はるばる二本松まで来て地元ネタですか!?
しかも、一騎打ちの場面、信玄よそ見してるし(笑)
見ろよ、謙信の方を!!
更に、この二本松で今回の旅行で一番凹んだ出来事が!
二本松城でも100城のスタンプを貰おうと思って来たというのに、スタンプが置いてある 「二本松歴史資料館」 が休みだってどういうことよ!?
そういうスタンプは、休館日がある所に置くんじゃない!!
泣くよ!?
…神様、これは、来年は二本松経由で仙台辺りへ行けというお告げですか? 実行しちゃいますよ??
泣く泣く、高速に乗って三度会津若松市内へ。
昨年も泊まったビジネスホテルにチェックイン後、徒歩で昨年写真に収められなかった「日新館跡」という石碑を求めて さ迷い歩く。
やっと見つけた時には、昨年も含めて6回は歩いていた場所だった…v
更に、昨年行った 「秋月悌次郎」 の家があった場所へもう一度行き、御子孫であり会津の歴史研究家でもある方が今も住んでいらっしゃることを知りました。
親と兄夫妻へのお土産に焼酎を買った後、夕飯を少し奢って 「渋川問屋」 で食べ、ホテルに戻り一泊。
2007.11.1.記
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